2008年12月10日水曜日

出来ること、やらないこと

最近、いつも給食と歯磨きを世話している男子が自分で歯を磨けるようになりつつある。
それをその子のお母さんに報告したとき、すごくびっくりされたのと、喜んでもらえてとても嬉しかった。この子の場合、小学生時代にうまくできなかった生活習慣を半ば諦められて今に至ってしまったようで、実は色んなことが簡単な支援をしてやるだけで出来たりする。ただ、親や教師にそれを支援してあげる時間や余裕がなかっただけでここまで来てしまったのが勿体ない。いくら本当は出来るといっても、完璧に習慣にしてあげないと自分ではやらなくなってしまうのだ。
とはいいつつ、自分も色んなことで手抜きをしていないか、どきっとしました。

2008年12月5日金曜日

再会、自分が人にしてあげられること

昨日は久々に落ち込んで、でもいっぱい溜まった負の感情を出し切ってしまったので今日はすっきりと週末を迎えられました。こういうとき、自分はつくづく大事な人の存在に支えられてるなあと思う。

今日は久々に寄り道をして帰ったらば、UNIQLOで5年ぶりくらいの大学の同級生に遭遇した。顔見知り程度の間柄で相手が自分を覚えているのか微妙な雰囲気だったのに、なんだかこの歳になると気兼ねなく声をかけられるものでしばし立ち話。その後コーヒー一杯でお互いのことを話しあった。彼は今市役所の職員として勤務しているらしく、以前の勤務先は私と同じ研究所だったということも発覚。つくばの空気にどっぷりと埋没してしまった者同士で会話が続いた。そこで行政に携わる彼の話から、自然私の仕事へ話題が移る。
彼とのやりとりで自分が確信したのは以下。

私が生徒にすべきことは、彼らが自分で出来ることを増やして、そしてゆくゆくは何か人にしてあげられること、そこから得られる喜びを教えてあげることなんだな。
決して甘やかすことや、代わりに何かしてあげることでは無いんだ。
そのときそのときで、ついつい手を差し伸べてしまいそうになるけれど、その先に待っているのは永遠につづく停滞で、決して進歩も変化も喜びも無いんだ。

彼らは、自分で何かをすること、そして他人に何かを与えて喜ぶことを知らない。
中には永遠に手を差し伸べてもらえると信じている子も多いと思う。
でもそれでは手を差し伸べる方にも喜びは無い。

彼らが出来ることは私はやらないし、出来て当たり前のことを褒めるのもやめる。
叱って分からなければ、叱り方を変える。分かるまでやるしかない。
卒業まであと2年。

2008年12月4日木曜日

悩みつづき

今日は一緒に担任をしている男の先生が出張で不在。
そのせいか調子にのる男子がいる。この子は人にすぐ触る(特に女子)のを以前から注意されてきていた。注意されてそのときは素直だけどまたすぐ繰り返すのでらちがあかない。
もう一人の男子は給食で嫌いな野菜をがんばって食べたのはいいが全然噛まないからトイレで吐いてしまうし。しかもズボンを汚したのか、パンツごと脱いで裸で立ってるし。。。
なんなんだー。
思っていたより子供で、自分が何にもこの子たちに示してあげられないことに気づく。下手な指導は出来ない。もっともっとあいつらの目線まで下りていかなきゃいけないのかも。

2008年12月3日水曜日

昨日のつづき

例の子とはほぼ毎日絡む。今日はわりとおとなしかった。やっぱり一度怒ったのが効いたのか。
しかしこの子に人に無視される、相手にしてもらえないというこのが一番の打撃であることが分かってきた。子供の世界ではただひたすら可愛いこいつは愛されることが出来るだろう。だからいい。でも大人の世界ではそうはいかない、人の邪魔したりふざけてばかりだと誰にも相手にされなくなる。ただでさえ人の助けが必要な子たちなのに。そう考えると、知能は3、4歳児でも16歳の少年として扱わなければいけないのかなあと思い始める。。。世の中、とか社会、とか大人になるっていう意味が、分かればだけれど。

2008年12月2日火曜日

怒ってみた

昨日の子がふざけてたので今日はまじめに怒ってみた。
でも先に私が笑ってしまった。本気で怒るっていうのもなかなか疲れるし、そんな機会無いもんだなあ。だから本気で怒ってくれる人というのは、貴重である。

子供を甘やかすのでもなく、なれ合いになるのでもなく、正しい方向に導くことが教師のつとめ。
でもこの子たちは大きなハンデを背負っている。優しくしてあげたいし、それが甘いと言えば甘くなる。出来る子には厳しくなってしまうし、出来ない子には優しくしてしまう。それがかえって自立を妨げてしまうのかもしれないのに。

つづく

2008年12月1日月曜日

夕日を見て思うこと

夕焼けから薄明の空が絶品な今の職場からの風景
しかし、いい先生というのはなんだろう。。と悩んでいました

すごくかわいい生徒がいるんだけど、落ち着きがなくていつも大人たちの気をひこうとして授業の邪魔ばっかりしている。かわいいから、怒られても許されることを知っている小憎らしいガキである。しかし今日はイライラが頂点に達しそうになった。

ある先生はその子を洗濯機に入れてびびらせてたけど、そのくらいこっちが怒ったらこわいんだぞ!ってのを見せるのがいいのかな。それは楽でもあるんだけど、その子に必要なのは周りに適応する力。それを気づかせるにはどうしたらいいのやら。

単純に、子供と仲良くなるだけではいけないと気づいた2週間目でした。

2008年11月30日日曜日

change

新しい仕事に就いて一週間になる
養護学校の教師ってどうなんだろうと不安もあったけれど、毎日がとても充実している
帰宅中の車の中で、生徒の顔を思い出しながら笑顔になっているのに気づく
うれしくなる
こんなに自分て子供好きだったっけ
こっちが思うのの半分も動いてくれないんだけどイライラしないし、
なにもかもがそれぞれのペースで動いていて、こっちはそれに振り回されるんだけどそれも悪くないかんじ
とにかく自分の生活と感じ方が大きく変わった一週間でした

2008年10月23日木曜日

Phänomenologie

昼休みは池の側のウッドデッキでお弁当を食べていた
風は穏やかで空気は暖かだけれど,
しだいに雲が厚くなり雨が降り始めた
それまで辺りにいた人がみなどこかへ散ってしまった
だんだん雨が激しくなってきたので私は軒下に移動した
雨が降り始めてから止むまで20分間位だったと思う
本当に何もせず,雨が降っているのをひたすら眺めていた
退屈でもなく,むしろそうせずにはいられないくらい美しい雨だった,
雲の向こう側に太陽があるのが判る,明るい雨だった
花が咲いて枯れたり,季節が変わったり,ひとつの現象が始まって終息するのをきちんと観察するということは少ないし,意識もしない
でもこういう当たり前の現象に触れると気持ちがいい
それは数百万年前からの人間の遺伝子がそうさせているのかな
地球の環境が変わったらそれも変わるんだろうか


2008年10月16日木曜日

fireworks


あまり元気が無いときや,理由も無く落ち込んだときには,今までとてもよくしてくれた人のことを思い出してみる。それは旅の道すがら宿をシェアした義足のお爺さんだったり,知らない土地で一緒に地図を読んで探してくれた父子だったり,暑い夏に飲み物をくれたガソリンスタンドのお兄さんだったり,12000kmを越えて私を訪ねてきてくれた友人だったりする。

その人たちのことを思うと,ああ 私もなかなかついているなと思う。自分も誰かを元気にしなくては!と思えるほどに回復しているのに気づく頃には元気になっている。

2008年10月13日月曜日

kiss


近所の公園で抱き合う外国人カップルがいた
夜中にアイスを買いに外に出たら,別な公園で女の人が絡まれているのを発見
と思ったらカップルだった
みんなひっつきたいらしい
そういえばジャスコのSとCも絡み合っている
今夜はモケロンの膝毛に絡んで寝よう

2008年10月9日木曜日

料理の鉄ヂン

サトイモコロッケざーますのよ,これでどんな男もイチコロざーます

2008年10月8日水曜日

ヨルダン は いま 夜 だ 

これは私が友人Aに触発され最低でも3ヶ月間ブログを書き続けるという公開実験です。 公開、と言っても誰も対象として想定していないけれど。Aと管理人Mには見て貰えるかな。

Aが言うには他の人より少しでも自分が熱く語れることを書けと。でも私には何もないような気がしたんですね。 だいたい興味は広いけど浅い浅い。いったい自分は何を考え何を表現し何をしようとしているのか、ようわからんがです。自分についてしか語れないというのもなんだか自意識過剰みたいでイヤですがまずはそこから始めてみます。

で、昨日のつづき

とにかく日本を出たい!と思った私ですが写真を撮りながら世界一周という野望は親父様の猛反対に遭いあえなく崩れ墜ちます。 その後大学を卒業してヨーロッパ&中東に向かったときはまったく反対されなかった のですが、親のすねかじりの学生だった当時としてはしょうがなかったことです。
その代わり大学の制度を利用して1年間留学したのですが、そのときAもワーキングホリデーで初めての海外生活を送っていました。
その頃Aとは手紙のやりとりを頻繁にしたけれど,慣れない環境で孤独感を感じていた私にとって同じく異国で一人奮闘する彼には随分励まされました。(Aも私もイタイ恋をしていたなあ!)

Aはいつも前向きで,倒れてもただでは起きない男。有言実行,期待を裏切らないデキルヤツなのです。そんなヤツに勧められちゃったら書くしかないでしょう。さてこのブログをどんなテーマで進めていこうかと。。。また振り出しに戻るのね,

で,ibookが壊れたついでにしばらく放置していた外付けHDDの写真データを整理してみることにしました。自分で自作を語る。よしこれでいこう。


2008年10月7日火曜日

秋雨や

今日私のibookが逝ってしまった。めちゃめちゃな使い方してたからしょうがないんやけど傷モノになるほどに愛着を感じてしまう,何でも。でもこいつはもうモノとしての役目を果たさない,ただの白い塊。街区やカメラだったら直して使うとか出来るのになあ。モケロンがマザーボードまで調べてくれたけど,残念!

さて,私がブログを始めるきっかけとなったAqui-laのブログを一通り読んでみました。
Aqui-laは私が21歳のとき,某英会話スクールの忘年会で知り合った2歳年下の湘南ボーイ。(古いのか?でも言いたい)当時の2歳差というのは大きく,大学入学してそこそこしか経ってない彼のことを,最初は子供だと,いや,そりゃあ私も小娘でしたが思っていました。
ですが彼は私の思い込みとは正反対の自立した青年だったのです。中学生のときに母君を亡くし,3人兄弟の長男として精神的に家族を支えながら学費や生活費はバイトで稼ぎ,自分のお金で英会話スクールに通う。当時の私には考えられないくらい大人に見えたものです。

当時の私について。大学4年生,就職活動を始めようかと思ったはいいけれどぜんぜん自分が社会に適応していない(=入りたい会社も無い,出来そうな仕事も無い,気持ちもついていかない,しかも氷河期末期)という中で,同じサークル仲間のYoiが海外放浪をしているのに漠然と憧れを抱いていました。 Yoiのこともいずれ書きたいなと思います。
藤原新也や藤代冥砂のようにアジア,中東,ヨーロッパ,アメリカ,,,と地図帳でしか知らない大陸を自分の足で踏破し,写真に焼き付ける。女だからな~,藤代冥砂のように世界中の男を知る!とかいうキャッチフレーズは付けられないけど。。。とか頭の中で妄想写真集が出来上がっていました。ちなみに藤代氏の”ライドライドライド!”という写真集はどっかいっちゃったけど文章が面白くて好きだったな。男に生まれたかった,そして世界の女を。。。とかね,

つづきは明日じゃ!

2008年10月6日月曜日

名前は未だ無いけど

アクィーラに触発され,ブログを開設してみる。思いつくままに自分の拙い文章を世間に垂れ流すなんてとても恥ずかしいことだ。後悔するかもしれないが,自分の言葉に責任を持つ訓練だと思って続けてみよう。

Aqui-ra, I have decided to start "blog" like you.
I am not a good writer. This is practice for me to be responsible for my words.
Thanks.